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名古屋高等裁判所 昭和30年(ナ)3号 判決

原告 筒井輝亀代 外二名

被告 松阪市選挙管理委員会・三重県選挙管理委員会

主文

原告等の訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等は当初松阪市選挙管理委員会を被告として本件訴訟を提起し、その後弁論の中途に於て被告を変更し、三重県選挙管理委員会となし、「昭和三十年四月三十日施行の松阪市議会議員選挙の効力に関し、同年八月二十五日付で三重県選挙管理委員会のなした訴願棄却の裁決を取消す。松阪市議会議員選挙の中第三開票区の選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、原告等は何れも昭和三十年四月三十日施行の松阪市議会議員選挙の選挙人であつて、右選挙の中第三開票区の選挙につき後記の如き違法があつたので原告徳田次雄は同年五月九日、原告筒井輝亀代は同月十三日、原告北村国松は同月十四日夫々松阪市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)に対し選挙の効力に関する異議申立をしたところ、同委員会は同年六月十日付を以つて異議申立棄却の決定をなし、同日右決定書は原告等に交付せられたので、原告等は同月二十七日三重県選挙管理委員会(以下県選管と略称する)に対し訴願を提起したが、県選管は同年八月二十五日付を以つて訴願棄却の裁決をなし、右裁決書は同月二十六日原告等に交付せられた。然し、右選挙の第二十投票区の投票所に於ける投票には次の如き違法があるからその選挙は無効である。即ち、右投票所に於ける投票は投票日の午前七時に開始せられたが、同日午後五時頃選挙人西村勘七が投票のため同所に行つたところ、係員は市議会議員選挙につき誤つて同日施行の市長選挙用紙を交付し、西村勘七も之に気付かずして市議会議員選挙の投票を終り、次いで、松阪市長選挙の投票用紙を受領せんとした時、松阪市吏員巽邦男はそれまで市議会議員選挙につき市長選挙の投票用紙を、市長選挙につき市議会議員の投票用紙を夫々誤つて交付していたことに気付き、投票係員市事務吏員中川岩太郎は市議会議員の投票箱を開いて西村勘七の投票を取り出さんとして投票箱に手をかけ、之をゆすつて開き、同人及び投票立会人中川康、同西川清右衛門、投票管理人三宅浅蔵は右投票箱に手を入れ、夫々投票用紙を取り出して、西村勘七に対して取り出した投票用紙を示し「之か。之か」と尋ねた。西村は右投票用紙が同人の投票したものと違つていたので、自分で投票箱に手を入れ、自分の投票したと考える投票用紙を取り出し、市係員は投票箱を閉じたのであるが、投票用紙が折つてあるだけであつたので、右の人等、その他居合わせた人等は投票箱の中にある多数の投票内容を現認した。そして、西村勘七は自分の取り出した投票用紙の記載を消ゴムで抹消し、中川岩太郎に渡した上、更に市係員から市議会議員の投票用紙を受け取り、之に記入して投票をなした。西村勘七はその帰途、候補者溝田覚蔵の事務所に立ち寄り、右の次第を話したところ、その選挙事務長中川繁雄は右投票所に行き係員の制止を顧みず所内に入り前記三宅浅蔵に対し厳重抗議を申し込んだ。この事情は多数の者が知るところとなり、同地区青年を以つて組織する棄権防止隊の一団は之がため右投票所附近に赴き気勢を挙げるに至り、右投票係員並に投票管理者等の行為は投票の秘密を漏洩する結果となつた。

以上の事実の中、投票用紙を混用したのは公職選挙法第四十五条に違反し、投票箱を規定の方法に基かずして開いたのは同法第六十三条乃至第六十六条に違反し、被選挙人の氏名を認知し得る方法により投票を示したのは同法第二百二十八条に違反し、一部の投票を不法に開票したのは同法第六十三条乃至第六十六条に違反し、中川繁雄の投票所に入ることを制止せず、抗議を受けたことは同法第五十八条に違反し、何れも違法な行為である。而して、右第二十投票所の投票には右西村勘七の投票以外になお最低二三十票の混用が存在するに拘らず同所の投票はそのまま第三開票所に送られ、他の投票と共に開票せられ、選挙会に於て当選者を決定したが、右当選者中最低得票者竹岡政助の得票数は七八六票であり、次点大辻七蔵の得票数は七八三票でありその差は僅に三票であるから、前記違法は選挙の結果に影響を及ぼすこと明かである。依て、前記県選管の裁決を取消し、第三開票区の選挙の無効を求めるため本訴に及んだと述べた。

被告松阪市選挙管理委員会は「主文同旨の判決を求め、答弁として、本訴に於て市選管を被告としたことは不適法である。即ち、本訴に於て市選管を被告としたことにつき公職選挙法第二百三条に徴するとき、本条の規定とするところは地方公共団体の議会の議員等の選挙に関する異議の申立又は訴願に対する県選管の決定又は裁決に不服のある者の訴訟について訴訟当事者、訴訟期間及び管轄裁判所等について規定すると共に訴願の前置主義を明示したものと解せられるのであつて、本法の意味するところは結局選挙に関する訴訟においては市選管の処分に対して不服のある者は必ず県選管に対する訴願を経なければ高等裁判所に訴を提起することができないのであるから、高等裁判所に提起する訴における不服の対象となるものは先ず第一次的には訴願に対する県選管の裁決であつて、市選管の処分ではないものと言える。本条第一項中「都道府県選挙管理委員会の決定または裁決に不服ある者は……高等裁判所に訴訟を提起することができる」と規定している趣旨は明かにその訴の目的は都道府県選管のなした決定又は裁決の取消を求めることに外ならないのであつて、この場合公職選挙法第二百十九条に於て適用する行政事件訴訟特例法第十二条の適用を以つてしても異議、訴願を経た場合に於て被告とするのは常に裁決庁である都道府県選管と解すべきである。依て、市選管を被告としたことは不適法であるから訴却下の裁判を求めると述べ

被告三重県選挙管理委員会は主文同旨の判決を求め、答弁として原告が従前の被告市選管を県選管に訂正する旨の申立をしたのは「訴状訂正の申立書」と題する書面を当庁に提出した昭和三十年十一月十四日であることは記録上明白である。選挙の効力に関する訴訟については、被告を誤つた場合の救済規定たる行政事件訴訟特例法第七条各項は適用されないこと及び公職選挙法第二百十九条後段の規定から考えても被告の変更は不適法であつて許されない。従つて、原告の右被告の訂正は訂正申立書を提出した昭和三十年十一月十四日に県選管に対し新に訴の提起があつたものと見るべきである。然し乍ら、此の訴訟は公職選挙法第二百三条第一項の規定により訴願裁決書を交付された時(本件に於ては昭和三十年八月二十六日)から三十日以内である同年九月二十五日までに提起しなければならないのに本訴は右期間を一カ月以上も経過して提起されたことになるから不適法として却下を求めると述べた。

理由

先ず、被告市選管に対する訴の適否につき按ずるに、本件訴訟が訴願裁決庁たる県選管の裁決の取消を求めるものであることは原告等の請求の趣旨自体により明白であるところ、地方自治法における選挙に関する訴訟については市選管の処分に対し不服ある者は必ず県選管に対する訴願を経なければ高等裁判所に対し訴を提起することができないのであるから、高等裁判所に提起する訴における不服の対象となるものは先ず第一次的には右訴願に対する県選管の裁決であつて、市選管の処分ではない。従つて、異議、訴願を経て提起する地方選挙に関する訴訟の被告は常に訴願裁決庁たる県選管であつて、異議裁決庁たる市選管ではない。依て、本件に於て市選管を被告として県選管の裁決取消を求める原告等の訴は不適法であつて、却下すべきものである。

次に、原告等は本件口頭弁論の中途である昭和三十年十一月十四日訴状訂正の申立書なる書面を当裁判所に提出し、本件訴訟に於ける被告を誤つたから従来の被告市選管を変更して、県選管を被告となすべき旨を申立てたことは本件記録上明白なところである。然しながら、公職選挙法第二百十九条の規定によれば選挙関係訴訟に於ては行政事件訴訟特例法第七条の規定を準用していないから、被告とする行政庁を誤つたとき被告を変更することは許されないものと解すべきである。従つて、本件訴訟に於て従来の被告市選管を新に被告として県選管に変更することは許されないところである。尤も右訴状訂正申立書によつて県選管に対し新訴の提起があつたものと見られるが、原告等に於て訴願裁決書の交付を受けた日は昭和三十年八月二十六日であることは原告等の自認するところであり、右訴状訂正申立書が当裁判所に提出された日は前記の通り同年十一月十四日であるから、その間に一月以上を経過していること明白である。従つて、公職選挙法第二百三条第一項の規定により出訴期間を経過しているから、被告県選管に対する訴も亦不適法として却下を脱れない。

仍て、原告等の被告県選管のなした裁決の取消を求める本件訴訟は不適法として却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 北野孝一 伊藤淳吉 吉田彰)

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